俺がいないときに、あいつが来た。
あの数日は、確かに楽しかった。
楽しかった数日
部屋の畳は少し冷たくて、冬の匂いがした。
ストーブの前で、3人で丸くなる。
アンパンマンのおもちゃが散らばっている。
小さな車を俺の足元まで押してくる。
「もういっかい」
何度もやらされた。
笑い声が止まらない。
ご飯も一緒に食べた。
味噌汁の湯気。
彼女が「熱いから気をつけて」と言う。
それを横で見ている自分。
夜は並んで寝た。
小さな手が、俺の服の裾を握る。
離れない。
父じゃないのに。
それでも、あの瞬間は家族みたいだった。
帰る朝
帰る朝、空気が少し重かった。
荷物をまとめる音だけが部屋に響く。
その子はまだ状況が分かっていない。
笑っている。
俺は笑えなかった。
駅までの道、手をつないだ。
小さな手。
温かい。
「また来る」
言葉は軽くない。
本気だった。
電話
地元に戻って数日。
夜、電話が鳴る。
彼女の声が少し硬い。
「今日、来た」
一瞬、何のことか分からなかった。
元旦那。
俺がいないときに。
子供に触れた。
彼女にも触れた。
頭の中が真っ白になる。
でも声は低いまま。
「そうか」
それだけ。
通話が終わったあと、拳を握っていた。
爪が食い込む。
悔しかった。
焦りもあった。
俺がいないところで、父としてそこにいる。
それが許せなかった。
その夜、決めた。
俺が面倒を見る。
養育費はいらない。
だから、会わないでくれ。
フリーターの俺が、そう言った。
現実なんて考えていなかった。
ただ、奪われたくなかった。
あれが、俺の覚悟だった。


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